離婚経験者・母子家庭の体験談 | アンチエイジング・スキンケア・こどものお悩み解決!雑記ブログ

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母子家庭の生活は苦しい…。特に田舎での母子家庭の生活は仕事が見つからないと困りごとが多いようです。リアルな体験談を見ていきましょう。

 

 

田舎での母子家庭の生活は苦しい…。

 


東京にいましたが、保育園がなかなかみつからなかったため、田舎で母子家庭の生活を送ることになり、9年たちました。

やはり田舎は仕事自体が少なく、生計を立てるのが大変です。

 

私のまわりにも何名か母子家庭の友達がいますが、収入は月平均で20~25万くらいではないかと思います。

それでも、私の周りの母子家庭の母親たちは看護婦や会社員など比較的収入が得やすい仕事をしている人が多く、私自身も時給数百円のパートではなく語学関係の仕事をしているので、比較的稼げている方ではと思います。

 

おそらく、地方都市では離婚するまで専業主婦で、そのまま母子家庭になってしまうことが多く、そうするとパートの仕事しかないことが多く、月収は15万くらいがせいぜいではないでしょうか。

 

そのため、児童扶養手当や児童手当が貴重な収入源になりますが、普通の家庭なら貯金できるこれら手当てを、家計の維持に回さなくてはなりません。

母子家庭は東京など大・中都市の方が、母子家庭も多く特別手当やヘルパーさんの派遣などサポートシステムが整っているため、生活しやすいのではないかと思います。

 

40代後半 Ebeko


※体験談なので個人の感情など、人それぞれの考え方などたくさんあるため、体験談の内容は二転三転している部分があるかもしれません。

あくまでも、このカテゴリー内の内容は個人個人の意見や見解、体験談などを記載させて頂いているのであらかじめご了承下さい。いただいた意見を原文そのまま掲載しております。

母子家庭を体験した方の「実体験」などを聞く機会はなかなか無いと思いますので「母子家庭」と言うキーワードが気になっている方は是非ご覧下さい。

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幸せは人それぞれ違いがありますが、幼少期に母子家庭の生活を体験した方のリアルな声を見ていきましょう。

 

幼少期に母子家庭の生活を体験。一般的な家庭が幸せだと感じる

 


うちは、女だらけでした。母親はもちろん、祖母も働いてました。

学校から帰ると誰も居なくて、妹と二人でずっと待ってた記憶があります。

当然オヤツなんて無し。涙。 

小学生時代の私、スタイル良かったです。

痩せすぎ?な感じなんだろうか。 

 

生活は、家のローンもあったし大変でした。

所詮女の人の稼ぎって、少ないです。

正社員にはなれなかったみたいだし、母親は、男性がやる仕事をやってましたが、給料は少ないって愚痴をこぼしていたのを、覚えています。

 

今の私は、結婚して、子供も産まれ、幸せな事に専業主婦させてもらってます。

父親と母親が居るって、当たり前な事だと、思うかもしれませんが、私には今の生活が、本当に貴重です。

子供には、私みたいな思いさせたくないです。

 

そうそう、お小遣いも貰えなくてお手伝いを必死に頑張って祖母からお金貰ってました。

裕福な友達が羨ましかったです。 でも、ちゃんと三食食べさせて貰ったし、お風呂も寝る布団もあったし、私は無い物ねだりだったのかもしれないですね。

 

30代 だんご


※体験談なので個人の感情など、人それぞれの考え方などたくさんあるため、体験談の内容は二転三転している部分があるかもしれません。

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現在の母子家庭への待遇と違い、過去にはもっときつい世間の目があったようです。リアルな過去の体験談を見ていきましょう。

 

 

母子家庭の過去。差別的扱い、世間の目がきつい

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私自身の経験と友人女性の経験を書きます。

 

私が小学一年のとき父が病死して、それ以降母子家庭で育ちました。今から40年前のことです。

当時、埼玉県在住で地域性もあったのでしょうが、現在と違いけして社会的に「母子家庭」が守られている時代ではありませんでした。

 

その証拠に、私たち兄弟は近所で「テテナシ」「カタオヤ」と呼ばれていましたし、物が無くなると真っ先に疑われました。

恐らく、実母が今でいうところの発達障害だった為、近所づきあいが出来ず、それも一因となって地域で見下されていたのかもしれません。

 

ですが、父が病死だった為、離婚してカタオヤになった母子家庭よりは世間の目も幾分マシだったと記憶しています。今と違い、夫婦が生別、死別によって世間の態度はかなり違いました。

「離縁した女」は「夫と死別した妻」より格下と扱われ、子供たちも同様でした。

 

また、母が発達障害のため育児放棄状態でしたが、昔の児童福祉は今よりずっと立ち遅れていたので、そういった問題家庭であっても行政は把握が出来ず、なんら対策はありませんでした。

特に僻地ではこちらで請求してようやく役所が重い腰を上げてくれるかどうかという状況でした。

 

当時も母子家庭に対して多少の援助(手当)が行政から出たはずですが、私の記憶では地区の民生委員が一度来て「給食費が免除になるがどうする?」と母に聞き、「ワカンネー」と答えたことで、それ以上の行政介入はありませんでした。

 

その後、担任の先生が経済状態を心配をして調べてくれたのですが、家が持家だからとか祖母が「外聞が悪い」と断ったりと、子供の力ではどうにもできないような事情で一切の福祉からの援助は無く、成人しました。

 

時は流れて現在の母子家庭についてです。

 

私の友人の30代のシングルマザーは2人のお子さんを抱えて神奈川県でパートタイムで働いています。

出会いは給付金が出る職業訓練でした。

 

最初、気がついたのは母子家庭にしてはマンションで比較的安定した暮らしをしていることです。

すぐに働かなくてもいいらしくて、それが不思議でした。「お金が無い!」が口癖の割には浪費家で不思議に思うことが多かったのですが。

 

そのうち、彼女も私を信頼してくれるようになるといろいろ話してくれるようになりました。

普段、彼女はバツイチのシングルマザーのママ友とだけ付き合うそうで(しかもネットで知り合った少し離れた地域のママ友に限定)それ以外の人種は信用しないとのことです。(なので、私のことも最初警戒してたそうです)なぜそこまでと聞いたのですが、要するに他人(特に近所のシングルマザーではない母親)からの嫉妬が怖いというのです。

一度、子供が小さい頃酷い目に遭ったそうです。

 

その後、いろんな話ができるようになったのですが、家に招いてくれたり、別れた夫からの仕送り、子供手当を含む収入があるのに「うちは貧乏な母子家庭だから」の一点張りで、心を開いてくれませんでした。

 

時代こそ違いますが、自分自身が母子家庭出身で同じような差別や誤解、嫉妬に遭ってきたので、もっと親しくなりたいと思うのですが、彼女が注意深く人間関係を構築してるのが伝わり、とても残念に思います。

 

ですが、現在の児童福祉は昔と違い、求めれば応えてくれる時代になったことは良かったと感じます。

そして、彼女のお子さんが二人とも成人し、いつの日にか「あの頃は、本当のことが言えなくてつらかった」とでも打ち明けてくれたらいいなと思っています。

 

40代 るり子


※体験談なので個人の感情など、人それぞれの考え方などたくさんあるため、体験談の内容は二転三転している部分があるかもしれません。

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男手がないと大変。周りの母子家庭が支え

 

 

母子家庭では実際のところ男手がなくて大変だったと感じている方も多いようです。リアルな声を見ていきましょう。



母子家庭で感じたことが、男手がないというのはやはり大変だということ。

PTAやクラブ活動でどんなにがんばっても父親の役割は果たせません。

 

自分自身は父親の分までとやりすぎて優しい母親ができず、すべて空回りだったと思います。

子供にも過大な負担をかけてしまうし、主観ですが、よく理解して頂いたご父兄の方々もいらっしゃいましたが、中には無理を押しつけられたり、平等を逆手にとってどこか馬鹿にされているように感じることも多々ありました。

 

そのようなPTAなどの会合、打ち上げなども、子供同伴できないときは、子供を預けて出席しないといけないので、なかなか参加っできませんでした。

 

収入を優先するか、子供との時間を優先するかとの問いに私は決まって子供との時間を優先してきたので、場合によっては仕事も変えました。

 

今、子供が思春期で、対立していて、現在の子供の本心が聞けませんが、一緒にいる時間を減らして金銭的に余裕があった方が良かったのかと現在でも模索中です。

 

ただ、周りにも母子家庭は多く情報共有したり、エールを頂ける優しい先輩方もいますので、がんばっています。

 


※体験談なので個人の感情など、人それぞれの考え方などたくさんあるため、体験談の内容は二転三転している部分があるかもしれません。

あくまでも、このカテゴリー内の内容は個人個人の意見や見解、体験談などを記載させて頂いているのであらかじめご了承下さい。いただいた意見を原文そのまま掲載しております。

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生活の大変さ、世の中の不条理を知る。

 

 

妊娠中に母子家庭になったご家庭のケースをご紹介。仕事・住居確保の困難などリアルな現状を見ていきましょう。

 


私が母子家庭を選んだのは、子供がお腹にいたころです。
当時、長女が8歳、長男5歳、そして、後に生まれる次男がお腹に宿って5か月の時。

 

離婚が決まって、市営住宅に申し込み運よくすぐに入れたので、必要最低限の冷蔵庫や洗濯機などの電化製品を購入し、仕事もしなければいけない状況でした。

 

面接に行っても、「小さい子が居るからな・・」とか「妊娠中だと・・」などとやんわり断られ続け、やっと決まった仕事は着物で働けるコンパニオンでした。

私にとって着物は好都合でした。
出てきたお腹を隠してくれる優れものだったのです。


おかげで、出産前日まで仕事をすることができました。

その間、子供達はというと。
託児所も探しましたが、2人預けたら8万円。格安の託児所でも6万ちょっと

自分で送迎できる車も持ってなかったので、交通手段はタクシーしかありませんでした。

 

もちろん、コンパニオンだって日払いでもらっていましたから、そんなお金は財布を振ったって出てきません。

仕方なく、子供達にはご飯を食べさせ、お風呂に入れて、「誰か来ても玄関は開けちゃダメ」とか、「お腹がすいても火は使っちゃダメ」とか。

約束を作って、「守れたらチロルチョコ買ってあげる」とご褒美を用意して仕事に出かけたものでした。

私の場合は妊娠中に離婚という、特別な離婚経験をしましたが、今は市営住宅や県営住宅も「母子家庭優先」の時代ではありません。

 

抽選用の玉を通常1個の所、母子家庭は2個で抽選というだけの話で、私の友人は4度申し込みをしましたが全てハズレ。

わざわざ仕事も休み、書類をそろえて提出し、抽選会も足を運び、そのたびに会社の上司から嫌味も言われたそうです。

申し込んでハズレた市営住宅や県営住宅の近所を後日通ったときのことでした。

 

高級セダンが駐車場に並んでいたのを見て、がっかりしたを通り越して涙が出てきたと言ってました。

何でこんないい車に乗っている人達が入る事が出来て、「車も持ってない私達が入れないんだろう」と。

 

お陰様で家の子供達はすくすくと育ち、次男も間もなく18歳になります。

再婚せず、頑張った分、子供達はそれぞれの生活があるにも関わらず、おこづかいをくれるほどになりました。

今、なりふり構わず頑張ってる、母子家庭のお母さん達のためにも、もっと母子家庭に優しい世の中になってもらいたいですね。

 

のん 40代


※体験談なので個人の感情など、人それぞれの考え方などたくさんあるため、体験談の内容は二転三転している部分があるかもしれません。

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